那覇市県庁前交差点から安里三叉路にかけての約1.6Km(約1マイル)の通りの名称です。戦争直後、草木も生えていない破壊しつくされた那覇を知る新聞記者が、目覚しい発展を遂げた国際通りの様子を見て、「奇跡の1マイル」と言ったという話があります。
「国際通り」の由来は、「国際劇場」という当時の政府(米軍政府)が認可した民間の映画館からきているそうです。

  • 1879年(明治12年): 沖縄県庁を設置。以降沖縄の行政の中心に。又、那覇四町と呼ばれていた西・東・若狭・泉崎へ、新たに泊・久米・久茂地を編入。
  • 1896年(明治29年): 沖縄県区制の施行により、那覇区に。
  • 1903年(明治36年): 島尻郡真和志間切から牧志村、小禄間切から垣花地区(湖城村と儀間村の一部)を編入。
  • 1908年(明治41年)4月1日:施行に伴い、周辺の各間切が町村に。
  • 1914年(大正3年): 島尻郡真和志村から壺屋、新規埋立地を旭町と命名し編入。
  • 1921年(大正10年)5月20日:島嶼町村制特別区制を廃止し、市制を施行して那覇市となる。
  • 1945年(昭和20年): 太平洋戦争での空襲および陸上戦(沖縄戦)により街が壊滅。首里城も破壊された。米軍の全面占領下となり、立入禁止に。
  第二次大戦後
  • 1945年(昭和20年)11月: 産業復興を名目として陶器製造産業先遺隊が壺屋へ。
  • 1946年(昭和21年)1月3日: 糸満地区管内壺屋区役所が設置され、復興が本格化。その後、民政府などの中央機関が那覇へ移転。
  • 1949年(昭和24年)12月9日: 米軍政官が「那覇を沖縄の首都とする」と発表。
  • 1950年(昭和25年)8月1日: 島尻郡みなと村を編入。
  • 1954年(昭和29年)9月1日: 首里市及び島尻郡小禄村を編入。
  • 1956年(昭和31年):立法院で首都建設法が制定され、琉球政府・沖縄の首都としての整備が開始される。
  • 1957年(昭和32年)12月17日:真和志市を編入。
  • 1972年(昭和47年)5月15日:沖縄返還により本土復帰。
  • 1975年(昭和50年)4月1日:中頭郡西原町一部を編入。
  • 2003年(平成15年):戦後初の鉄道、沖縄都市モノレール(ゆいレール)が開通。
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